じゃどうせいかつ

何でも忘れる僕のメモ帳

【黒歴史】新卒で入った会社から逃げたけど何とか生きてる男の話

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こんにちは。たかのです。

 

春ですね。春といえば、桜とともに新しい生活を始める方が多い季節。

特に新卒で社会人になった方は、いままでとはまったく違う環境の中で毎日仕事を覚えたり、人間関係にやきもきしたりで大変だと思います。

 

 なかにはもうすでに辞めたい

 と思っているひともいることでしょう。

 

 

毎年のことですが、この時期になると2ちゃんねるツイッターで「研修が嫌だから辞めた」とか「2日目で辞めた」とか、もっとすごいと「初日から行かなかった」なんて言ってるひともいて、さすがにすごいなーなんて思ったりするのですが。

 

かくいう私も、実は新卒で入った会社を出社拒否無断欠勤、挙げ句の果てに逃亡し、結果3ヶ月で辞めるという、恥のお手本みたいな過去があります。

今回は、そんな黒歴史があったけど、まぁなんとかなったよっていう話です。

 

 

就職活動から逃げる日々

僕は大学4年時、本当に就職活動をしませんでした。他にやりたいことがあったわけではありません。とにかく働きたくなかったんです。さらにいうと面接に行きたくなかった。

 

もともと人と話すのが苦手な上に、そもそも働きたくないから、面接で初対面の相手に「御社の事業内容に魅力がうんたらかんたら〜」なんてこと、ウソでも言えませんでした。行ったとしても、とにかく言葉がつまる。本心じゃないから。

 

なので会社説明会や就職セミナーなどにはほとんど行かず、サークルの活動ばかりしていました。当時は音楽系のサークルでライブなどをやっていたので、僕は毎日就活から逃げるようにその活動に打ち込んでおりました。アホですね。

 

 

卒業まで残り2ヶ月、さすがにヤバいと思った

年が明けて1月。卒業まで残り2ヶ月あまりになったある日、それまで押し込めていた心のフタに限界が訪れます。急激な不安に襲われた僕は思いました。

 

「あれ?卒業したら行くところ無いぞ?」

 

当たり前です。就活しなかったんだから。本当にアホです。

それまで打ち込んできたサークル活動もおぼつかなくなり、毎日どうしようという気持ちで頭がいっぱい。

 

親に相談しようかと思ったのですが、地元には帰りたくないと思っていましたし、ほとんど連絡を取ってなかったので、いまさら相談するなんて恥ずかしくてできなかったのです。そんな小さなプライドを持ってるほうがよっぽど恥ずかしかったんですけどね。

 

 

卒業間近、ギリギリで入れる会社に滑り込む

そこからは必死で、まだ募集している会社を探し、書類を出して、あれだけ嫌いだった面接にも行きました。

 

当然残ってる会社なんてほとんどありません。でもやらなければ 、雇ってもらわなければ、という気持ちでとにかく探しました。業種も仕事内容も関係なし。とにかく働ければどこでもいいと思ってました。

 

そんなでたらめな戦法が奇跡的に通じて、卒業1週間前になんとか内定をもらえたのです。(もはや内定ではない)

 

 

何も知らないまま入社、研修、そして業務へ

大学卒業後、会社の近くに引っ越し、親の提案で妹と一緒に住むことになりました。

 

 入社初日、スーツを着て会社に向かいました。選考はすべて別の場所でやったので会社に行くのは初めてでした。事業内容も後から調べたくらいで本当に何も知らずに行きました。

 

同期は5〜6人いたと思います。中小企業なので入社式もなく、役員と挨拶し、次の日から研修です。

 

 座学研修で仕事内容を聞き、はじめて自分がどんな仕事をやるのか知りました。工場の作業員でした。あれー?こんな仕事だったっけ?なんて思いましたが為すすべもなく、研修を終えた僕は現場へと駆り出されていきました。

 

密室、夜勤、休日出勤、すり減っていく精神

僕の仕事は特殊な印刷機械を動かす作業員でした。ざっくり言うと樹脂とかアルミなどを張り合わせて丈夫な印刷物を作る工場です。お菓子の袋とかをイメージしてもらえればわかると思います。

 

ここがなかなかつらい環境でした。まず異物混入が厳禁なのでホコリや虫が入ってこないように窓が一つもありません。外への道は出入口だけです。そんな密室の中、機械のメンテナンスなどに薬品の溶剤を使っているので、それが気化して工場内に充満しており、これが身体に合わなくてしょっちゅう気持ち悪くなっていました。

 

 また、機械をできるだけ連続稼働させるために夜勤シフトがありました。

一週間単位なので、夜勤の時は平日毎日夜8時から出勤し、翌朝7時頃までの仕事です。この一週間の夜勤がとにかく苦痛でした。仕事を終えて朝帰っても、眠れません。眠気はあるのですが、明るい朝から寝るという行為に身体がついていかないのです。結局夜勤のときは、いつもほとんど眠れずに出勤していました。夜勤で仕事をしている人はすごいなと、今でも思います。

 

そして日勤と夜勤の繰り返しで生活リズムが狂ったのか、普通の夜も眠れなくなり、不眠症のような状態になってしまいました。眠れないので夜中に外でランニングして身体を疲れさせたり色々試しましたが、改善されませんでした。

 

さらにしばらくすると、工期に変更があったり、延長があったりで、休日出勤になることもありました。機械は一度止めると再稼働にかなり時間がかかるため、とにかく連続運転させないといけません。なので休日であっても、変更があれば機械を稼働させるために出勤していました。振替休日はありませんでした。

 

このような毎日で精神をすり減らしていった結果、ただでさえ眠れないのに、夜中に金縛りのようなものになって、呼吸ができなくなることが多々ありました。限界を感じた瞬間でした。

 

 

耐えきれずに無断欠勤、そして家から逃げ出す

ある朝、目覚めたとき、「あ、これはもう無理だ」と思ってしまいました。もう会社に行きたくない。とりあえず、逃げるしかない。短絡的ですがそう考えました。

 

一緒に住んでる妹には申し訳ないと思いながら、通帳を置いて「しばらくこれで生活してくれ」みたいな書き置きを残し、最低限の荷物だけ持って家を出ました。

 

行くあてもなく電車に乗り、知らない駅を乗り継いでいると、気づいたら江ノ島で海を見ていました。

 

「会社から連絡とか来てるんだろうなー」などと考えているとまた不安がこみ上げて来て、ふたたび電車に乗って移動しました。今度は中央線の終点、高尾駅にいました。すごくよく晴れた天気だったのを覚えています。そこで僕は何時間もうずくまっていました。

 

ふと気になって携帯電話を見ると、着信やメールがたくさん来ていました。朝から電源を切っていて一度も見ていなかったのです。そこには会社からの電話や妹からの電話、おそらく妹が伝えたのであろう、僕の友達からの電話、そして母親からの電話とメールがありました。

 

メールは3件きていました。最初は連絡してくれというメール。次に、どこにいるのか教えてくれというメール。最後に、連絡しないなら警察に捜索願いを出すというメールでした。

 

さすがにそこまで迷惑はかけられないとびびった僕は、観念して半分泣きながら親に連絡して逃げたことを伝えました。

 

 

実家に戻り、退職を決意。しかし上司と揉める

その後、一旦実家に戻り、まずは生活リズムや不眠症を治すことから始めました。初めは実家でも眠れなかったのですが、2週間ほど規則的な生活を送ってなんとか普通に寝て起きる身体に戻りました。

 

会社からは何度も電話がきていました。仕事については辞めることを決めていましたが、ここでもびびってチキってしまった僕は自分で話すことはありませんでした。しかし、当時の上司がどうしてもということでしぶしぶ電話に出ると、一度会って話したいから来てくれないか、ということでした。

 

まったく行きたくなかったのですが、さすがに辞めるなら自分の口からいうべきだなという気持ちはあったので、後日東京で会う約束をしました。

 

そして当日、東京の喫茶店で待ち合わせ、上司と二人で話をしました。初めに無断欠勤したことを謝り、次に辞めることを伝えました。上司からは当然慰留されます。それでも変わることなく辞めたいことを伝えると、上司も強い言葉を出してきました。

 

それでいいのか、会社は新人にたくさんお金を使ってるんだ、裁判もありうるぞ、よく考えろ、、、

 

こんなことを言われた覚えがあります。当時の僕には嫌な言葉にしか聞こえませんでしたが、今になってみると、世間知らずの若者に社会の厳しさを教えようとあえて言った言葉だったような気がしています。

 

結局お互いに譲ることはなく、その日はそれで終わって僕は実家に戻りました。その後も電話がかかってくるのですが、慰留してくる会社と辞めたい僕で話がまとまらず、最後は父親と僕で会社に直接出向いて話をし、正式に辞めることになりました。

 

社長が最後に言った「今度は親御さんに迷惑をかけないようにな」という言葉が今でも忘れられません。

 

そして後日、正式に退職の手続きをしに今度は一人で会社に行きました。社長と上司と話し、最後に現場でお世話になったみんなに挨拶してきなさいと言われ、一人で工場の方に向かいましたが、いざ行こうとするとあまりの情けなさに足が動かず、謝りに行くことができませんでした。これは今でも少しだけ後悔しています。

 

こうしていろいろありながら退職した僕はしばらく実家にいたのですが、その後東京に戻ってまた懲りずにいろいろとやらかします。その話はまた機会があれば書くかもしれません…。

 

 

とりあえず何とかなるよ、と言いたい

当時の僕のクズエピソードを書きましたが、これは僕の自業自得なことですし、無断欠勤や逃亡するのは、何よりも親、兄弟、友人を心配させてしまうのでおすすめできません。できればしないほうがいい。

 

でも、僕みたいに逃げちゃえ!って思えるひともいれば、どんなにつらくて過酷な状況でも逃げたりできない本当にマジメなひともいますよね。どうにもできなくなって、自殺を考えちゃうようなひともいると思います。

 

そういう人には、とりあえず逃げても何とかなるよ、と言いたいです。もちろん社会の大きな枠の中から一旦外れるのは怖いですし、周りに迷惑をかけてしまうことはあるでしょう。

 

それでも心や身体を壊したり、死んでしまうよりは、良いんじゃないでしょうか。人生終わりだーなんて思っても、意外とそんなことなかったりします。現に僕は辞めた後、また東京に戻ってやらかしましたが、今も何とかやっていけてますからね。

 

以上です。皆様の新生活、応援しております。それでは。

 

 

 

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